狼はブラックコーヒーが好き

ブラックコーヒーみたいなブログ…かな? たまには砂糖やミルク、入れることもあるかも        
ブログ、引っ越します
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    何となくね、引っ越そうかなと思って…あ、住むとこじゃなくてこのブログの話だけど…、ブラブラしてたらいいとこ見つけたので何となく作ってみたらけっこう居心地良さそうで気に入ったし、今度からそっちに書いて行こうかなと・・・。

     

    ここも決して悪くはないけど、気分も変わるしね。

     

    そういうわけで次から ココ に書いて行くのでよかったらちょっとお手数かけますが一緒にドーゾ。

     

    今、夜中の1時過ぎ。こんな時間の引っ越しだけど、決して夜逃げなんかじゃないよ。(笑)

     

     

     

    JUGEMテーマ:日常

    | 思うこと | 01:18 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
    よろしく、新ケータイ!
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      去年の10月だったか、ガラケーからいやいやスマホに切り替えたオレですが、「もうアカン。しんどい。ストレス溜まる」…というわけで、スマホやめました。

       

      2月に発売されていた京セラのガラホケータイ・トルクX01。それを知ってからどんどん心がそっちに向かい、ついに!

       

      最終的なキッカケは…、ある日乗った満員の地下鉄車内で、吊り革に両手でつかまり「早く降りた〜い」と思いながら何となくまわりを見たら…、オレの周りにいる、視界に入る全員が黙々と手にしたスマホを見ていたこと。

       

      気持ちワル!…それがその時の感情。たしかにオレはやかましいのは嫌いだが、その静けさはあまりに不気味だった。

       

      よし!ガラ系に戻ろう!(トルクはガラホだが)と、その時心が決まった。

       

      で、やっぱいいね、ケータイ・トルクは。ただ、オレが最初からずーっと使って来たカシオのG’Z One シリーズのに比べると、スタイルを受け継いでいるとは言え、京セラのトルクはビミョーに違ってて、やっぱすぐには理解出来ない部分もある。慣れるまでにはまだもう少しかかりそう。

       

      それでも全然いい! スマホよりずっとコンパクトだし。持ってる気分が全然違う。「よろしく、トルクX01」って感じ。

       

       

       

      JUGEMテーマ:日常

      | 日記 | 02:38 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
      学習しようぜ!
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        三原じゅん子議員の「癌を患っている人にとってタバコのケムリのあるところで働くことがどれほど苦痛なことか…」というような意見に対し「働かなければいい」という野次を飛ばした大西英男とかいう議員…。

         

        後にあれは「あれはこうこうこういうことで、癌患者はそういう職場を選ばなければいい…という意味で言った」などと釈明のようなことをしていたが、一体あの野次が誰の耳にそんなふうに聞こえただろう。

         

        流行りのSNSなどに関しても言えると思うが、ほんの短い文章・短い言葉に適切な意味を込め、それを多くの人に統一して適切に伝えるのはそう簡単にはいかない。むしろ不可能に近くはないだろうか。

         

        とくに日本語は、ひとつの言葉にいろいろな意味を込めることが出来、またいろいろに解釈出来る便利で厄介な言語だ。

         

        そして、あれは単なる野次であり正式な意見ではない。イメージ的にも好感の持てる行為ではない。そんなものに正当な意味を込めてそれを正当に理解してもらうなんて絶対的に無理な話だと思う。

         

        この記事の前の記事のタイトルじゃないが、あの野次議員の言葉(野次)は目的と行いと結果がメチャクチャな例だろう。

         

        ちなみに、三原議員の言う「タバコのケムリなどから受ける苦痛」というものは癌患者のみならず、他の多くの人も感じているものだ。このオレにしても気管支ぜんそくがあって職場に限らず、街のあちこち(生活空間)あらゆるところで被害を受けている。

         

        加害者はもちろん歩きタバコをする迷惑喫煙者。また、たとえそこが決められた喫煙所だからと言って、密閉もされていない街のオープンスペースで当然のようにスパスパやってケムリやニオイを放出している「一見ちゃんとした喫煙者」からも大いに害を被っている。

         

        そんなふうに言うと、例の野次議員のように「そこに近づかなければいい」とか「そこを歩かなければいい」などと言われる人もおられる。オレも言われたことがある。

         

        しかしそこが生活道路である以上、必要性もあり、また思いもかけずそこを通ってしまうことだってあり得るわけで、しかも癌患者にだって働く権利があるように、誰にでも道を歩く権利がある。絶対ない!と断言出来るのは「自分の趣味嗜好のために他人を犠牲にしてもいい」という権利だろう。

         

        知る由もないが、あの野次議員ももしかしたら喫煙者で、「自分がどこででも自由に喫煙したいから、それが気に入らないならそばに寄るな」派の人なのだろうか。仮にもしそうだとしたら、あんな明らかな間違った内容の野次を飛ばす愚かな行為も含めてそのような醜態を晒すとは、たしか御年71になられるそうだが、その年になるまでの人生、一体何を学習して来られたのだろう…と情けなくなる。

         

        「人生の終わりに来てそんなことをやっているのか? 今まで一体何を学んで生きて来たんだ?」…というのは、オレが前に、オレの目の前で歩きタバコをしていてその吸い殻を側溝の中に捨てたジイさんにした質問だが、オレは決して誰からもこんな質問をされないようにしたいと思って生きている。そして野次も飛ばさず、SNSもしないようにして生きて行きたい。

         

         

         

        JUGEMテーマ:気になったニュース

        | 思うこと | 02:35 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
        目的と行いと結果がムチャクチャ
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          大阪門真市の住宅街・通学路の自動車暴走事件。

           

          幸い大事故には至らず犯人たちは殺人未遂で捕まったが、当然あれは殺人行為、きびしく罰せられるべきだと思う。

           

          犯人は「小中学生が道路に広がって歩いているので懲らしめてやろうとしてやった」と話しているそうだが、その動画をネットにアップして遊んで喜んでいるとしか思えず「懲らしめる」という目的などまったく無縁の行為に見える。

           

          ところでオレはいつも危惧するのだが、この事件のニュースを見て聞いて世間の人々は一体どう思ったんだろう…。おそらくほとんどの人々は犯人に対する憤り、軽蔑、そして危険なめに合わされた言わば被害者の小中学生たちへの同情、そして死者やケガ人が出なかったことへの安堵感…と、まあそういったところだろうか。

           

          オレが期待したいのは、それ以外に被害者たちの「良くない行い」にぜひとも着目して欲しい…ということ。それは何か…? それは、犯人がご丁寧に指摘してくれている…みんなが道路に広がって歩いている…ということだ。

           

          これはホントによく見る光景だ。小中学生だけではない。大人にもそんなのはいっぱいいる。何人かでツルんでいる人々はよくやっている。一人ででも道の真ん中を歩いてる人がいる。たとえばスマホを見ながらとか。

           

          歩道など横一列で他人を通せんぼしながら歩いている。歩道があるのに車道を歩く人もいる。うしろから歩いていて追い越したくても気づいてくれず、正面から歩いて行ってもこちらが見えているはずなのに見ていない。だからぶつかる。

           

          タクシーやバスに乗っていてすぐ前を歩いている人(また自転車の人も)が、なかなか避けようとしないケースにもイヤと言うほど出くわす。

           

          そういうのはハネてもいいことにしようよ…とまではもちろん言わないが、ドライバーは怒りのクラクションくらい鳴らしたくなるのではないだろうか。まあそのドライバーが歩行者になった時同じことをしていたのではどうしようもないが…。

           

          とにかくそういった歩き方が迷惑極まりないことは間違いない。

           

          しかし犯人たちも、ホントのホントに道に広がって歩くのが迷惑でいけない行為だと思うのなら、もっとまともで誰もがうなずける行動でそれを提議すればいいのに。殺人行為などもってのほかだ。誰にも何も伝わらない。

           

          残念なことだけど、今回だってオレが書いたようなとても大切なことを事件から感じ取った人はとても少ないと思う。世の中の出来事は、良いことも悪いことも必ず何かをオレたちに教えてくれている。出来るだけ多くの人々にそれを感じて欲しい。考えるということをして欲しい。

           

          それをしないから事故やトラブルはなくならない。争いも絶えない。戦争も起こり得る。

           

          ものは考えよう…。世の中は、平和になる・しあわせになるチャンスで満ち溢れている。

           

           

           

          JUGEMテーマ:気になったニュース

          | 思うこと | 22:52 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
          そりゃあないぜ、京セラさん
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            京セラが2月にガラホケータイ「トルク」を出していた。

            オレは先月それを知って今モヤモヤした気分。

             

            そして最近テレビではそれの興ざめなCMをやっている。まあそこはどーでもいーんだけれども。

             

            スマホ嫌いのオレは、それまで長く使っていたカシオの「G’z Oneシリーズ」のケータイが故障して、発売後5年経ったらもう修理はしてくれないということで困りに困り、迷いに迷って、でもどーしても携帯電話は必要で、唯一 G’z One シリーズのスタイルを踏襲している京セラのスマホ「トルク」を去年の10月に買っている。その時点では今年に入ったらガラホケータイ「トルク」が発売されるなんて情報はなかった。予定があるんなら教えて欲しかったよ、京セラさん。

             

            仕方なく買ったスマホとの仲は今だにうまくいってなくて、無用なアプリ、いらない情報の多さ、使いづらさ、わけのわからなさに辟易しながらつき合っている。しょっちゅうなんかよくわからない機能のアップロードを求めて来る。一度決めたらそれを貫けばいーじゃないか、めんどいなあ…と思ってしまう。みんないちいちスマホのそんな要求にホイホイ従っているんだろーか。いるんだろーな、道歩いてても電車の中でもどこでもみんなスマホに向かって何かしてるから。スマホに操られているように見える。

             

            スマホのトルクにしてしまってから半年とちょっと。本体は何とか5万円台で買ったが、月々の支払いがケータイの時の2〜3倍になり、なんか納得が行かないまま来ている。今度のトルクはガラ系ではなくガラホだってことで、そうなるとシステムも変わって来るから月々の料金だってそれなりにかかって来るとは思うけど、今のスマホよりは高くならないだろうし、この際チェンジしてしまおーかって思ってる。

             

            でもまだ元取ってないよーな気もしてる。けどストレスなく携帯電話とつき合いたい。・・・やっぱ替えたほーが得策か…。

             

             

             

            JUGEMテーマ:日常

            | 思うこと | 12:55 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
            オレ、なんで子供嫌いなんだろ…?
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              また前記事の続きみたいなものになるが…

               

              オレは一体なんで子供が嫌いなんだろう…。考えてみた。

               

              前記事にも書いたように、その辺の子供たちにオレは何の恨みつらみもないワケで…。じゃあ何故か…。

               

              多分…

               

              当然子供たちは人生経験も浅く、世間をそれほどにはわかっていない。中には意外と洞察力・学習能力に優れ、あるいは本能的にいろんなことをわかっている子もいるとは言え、たいていはわかっていないなりの言動をし、時には迷惑をかけて大人の手を焼かせたり、困らせたり泣かせたりするものだろう。

               

              だからオレは子供のそういうところが嫌い…なのか…?

               

              いや、そうじゃない気がする。たしかに一般的な常識や物事の道理をまだ知らないが故に迷惑な思いをさせられることは多々ある。でもそんなことは「子供だから仕方がない」と多くの人が思うようにオレも思うのだ。同時にその子供の親…「アンタはもっとしっかりせい!!」と。

               

              オレの日常行動においてはそんな子供たちに遭遇することは、言ってみればそれほど多くはない。すれ違う大人たちのほうがはるかに多い。そしてやっぱり気づいてしまう…。

               

              子供以上にまわりに迷惑をかけている大人たちのなんと多いことか…と。

               

              そう、子供並みに世間を知らない、常識を知らない…と言うか、とにかく視野が狭くまわりを見ていない、頭を使って考えることをしない、学習しない…いや、「出来ない」大人たち…。

               

              その結果彼らはまわりに大いに迷惑をかけ、しかしその認識がないから謝りもしない。それを怒ったり注意したりしても通じないどころかすぐ逆ギレする。…そういう知能的・精神的に成長できていない、子供よりタチの悪い大人たち…。そう、思わず「ガキか、お前は!」と思ってしまう人々。そういう人たちはホントのガキたち(子供たち)に失礼だよね。

               

              もちろんそれは何らかの障害があったり、病気のためにそうなった人のことではなく、健常な大人の話だ。そういう人たちは障害者や病気の人たちに対しても失礼だね。

               

              それなりに人生経験を経て来て、出来るはずなのに何も学習してなくて、その結果子供と同じレベルではあまりに情けない。子供なら「子供だから仕方がない」と思えることでも大人はそうはいかない。そうなるともう子供以下だ。

               

              …となると、オレは大人が嫌いで、子供は好き…なのか…?

               

              まあよくわからなくなって来たが、まだ常識知らず世間知らずの子供を見ていると、オレはその子がそのまま大人になった状態を無意識に想像してしまっているのかも知れない。何しろちゃんと成長していない大人をいっぱい見ているから。そしてそういう大人たちを見ると、こいつらも…失礼…この者たちも昔は純真無垢な子供だったんだろうな…みたいなことを思う。さらに、こいつら…いや失礼…この者たち、成長過程のどの時点で間違いが起こっちゃったんだろうね…などとも。

               

              ということは、もしかしたらオレは子供が嫌いというよりも人間嫌いと言ったほうが合ってるのかも知れない。いやいや、それも子供嫌いと同じくらいあんまり望ましくないことだね。でも残念ながらそういうところはある気がする。

               

              つまりは、子供を見てるとその子が大人になった姿が浮かんで来てしまうってことかな。さらにその親がちゃんとしてないとますますそれが濃いものになってしまうのだ。お前さん、そのままだとまわりにいるろくでもない大人のような大人になっちゃうぞ…って思って、この先の世が恐ろしくなるし。

               

              逆に、子供嫌いとは言ってるものの、中にはオレと波長が合うとでも言うのか、何だか自分と対等に接することが出来るような子供ともわずかながら遭遇することもあり、そういう子を見ているとこのブログでも時々書いているように「そのままスクスク元気に育てよ」なんて思ったりする。その子の親の育て方がとってもいいのかも知れないし、その子自身の人間力でそうなったのかどうか、そこまではわからないけどね。

               


              オレがまたこういうことを書くと、たまたまこれを読まれた方の中には「お前は何様だ?!」的なことを思われるお方もござりましょうから、オレ様とてまだまだ不完全な、おそらく「完全」にはなり切れない、しかし発展途上の人間だと申しておきましょうか。そして「発展途上である」ということにちょっぴり誇りを持っている人間様だということも。

               

               

               

              JUGEMテーマ:日常

              | 思うこと | 22:51 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
              リーブ・ミー・アロ〜ン
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                前記事に続いて子供関連の話…。

                 

                ちょっと前、テレビのニュースでだったか、公園でよその子に鉄棒を教えているおじさんがいて、これは「アリ」か「ナシ」か…みたいなことを言っていた。

                 

                ホント、これって前の記事で書いた「一線を越える困った人」が多く出て来るようになってからはビミョーな問題になって来たねー。

                 

                そういう「イケナイ人」さえいなければ、とても平和で微笑ましい大人と子供の公園でのワンシーンなんだけど…、まァ、オレなどは出来るだけその辺の子供たちには関わらないほうが無難…と近寄らないようにしている。子供好きじゃないし。

                 

                ところが…だ、

                 

                なんでだか、知らない子供のほうからオレに関わって来るケースが時々ある。

                 

                歩いていると、向こうから一人でやって来る小さい子がすれ違いざまに「こんにちわ」ってあいさつするんだよ。ビクってしちゃうね、まったく。まわりを見ても他に誰もいないし、その子を見るとオレのほうをじーっと見てる。たしかにそれはオレに向けられたあいさつで、思わずこちらも「こんにちわ」ってあいさつを返すんだけど…。

                 

                この間なんか、ある公園のベンチに座って次の仕事までの時間調整をしていたら、ベンチのうしろからシクシク…と女の子の泣き声がしたんだよ。何事?!とチラッと振り向くと、小さい女の子がしゃがんで泣いている。

                 

                オイオイ、そんなところで泣くのはやめてくれよ。オレは泣かせた覚えなんかないゾ。「シッシッ」な気分…。でも気になって「どうした? 大丈夫か?」とそっちを見ずに小さく声をかけた。返事はなかった。しばらくしてその子はどっかへ行ったらしく、とりあえずホッとした。

                 

                そしてまもなく時間になって、そろそろ行くか…とオレが公園を出たところ、「あの…」とうしろから小さな声が…。見ると、さっき泣いてた女の子が近づいて来る。何、何? オレに何の用?…ってな思いでいると、「ティッシュ、持ってないですか?」ってその子。あ、ティッシュね…「あるよ」とバッグからポケットティッシュを取り出し、多分涙を拭くんだろうと「これ、全部使っていいから」と言って手渡した。

                 

                こんな程度は「アリ」でしょ? 向こうから来たんだし。ティッシュが必要…という、ある意味緊急事態なワケだし。

                 

                その子はティッシュを受け取ると「ありがとうございます」としっかりとお礼を言った。その時オレたちの横をその辺のおばちゃんが通り過ぎた。オレは女の子に「じゃあね」と言って振り返らずにそそくさと次の仕事先へと向かった。

                 

                そもそもオレは、子供たちには何の恨みつらみもないけど好きじゃない。頼むからオレに近寄らないで…って気分。

                 

                しかしまァ、それでも何らかの理由で寄って来るのはしよーがない。がんばってそれなりに応対しよう。とは言え、子供たちと接するのによけいな気を使わないといけないなんて、めんどくさい、ヤな世の中になったもんだねー。

                 

                 

                 

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                | 思うこと | 22:20 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
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                OMOUKOTO(思うこと)
                つぶやきはあくまでつぶやきであって、それがたとえつぶやいた本人の本心であっても、「あー、腹減ったなー」程度のレベルのもので、他人を巻き込んだり、何か重要なことを決定するものでもなければ、真剣に受け取らなければいけないものでもない。だが時につぶやきは、そのつぶやき方によっては、それを聞いた者にとてつもない不快感や災いを与えたり、傷つけたりすることがある。ともすれば、人を死なせてしまうことさえも…。つぶやきはわざわざ他人に聞かせるものではない。一人でボソリと口にすればいいものだと思う。20170201
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