狼はブラックコーヒーが好き

ブラックコーヒーみたいなブログ…かな? たまには砂糖やミルク、入れることもあるかも        
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    ブログ、引っ越します
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      何となくね、引っ越そうかなと思って…あ、住むとこじゃなくてこのブログの話だけど…、ブラブラしてたらいいとこ見つけたので何となく作ってみたらけっこう居心地良さそうで気に入ったし、今度からそっちに書いて行こうかなと・・・。

       

      ここも決して悪くはないけど、気分も変わるしね。

       

      そういうわけで次から ココ に書いて行くのでよかったらちょっとお手数かけますが一緒にドーゾ。

       

      今、夜中の1時過ぎ。こんな時間の引っ越しだけど、決して夜逃げなんかじゃないよ。(笑)

       

       

       

      JUGEMテーマ:日常

      | 思うこと | 01:18 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
      学習しようぜ!
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        三原じゅん子議員の「癌を患っている人にとってタバコのケムリのあるところで働くことがどれほど苦痛なことか…」というような意見に対し「働かなければいい」という野次を飛ばした大西英男とかいう議員…。

         

        後にあれは「あれはこうこうこういうことで、癌患者はそういう職場を選ばなければいい…という意味で言った」などと釈明のようなことをしていたが、一体あの野次が誰の耳にそんなふうに聞こえただろう。

         

        流行りのSNSなどに関しても言えると思うが、ほんの短い文章・短い言葉に適切な意味を込め、それを多くの人に統一して適切に伝えるのはそう簡単にはいかない。むしろ不可能に近くはないだろうか。

         

        とくに日本語は、ひとつの言葉にいろいろな意味を込めることが出来、またいろいろに解釈出来る便利で厄介な言語だ。

         

        そして、あれは単なる野次であり正式な意見ではない。イメージ的にも好感の持てる行為ではない。そんなものに正当な意味を込めてそれを正当に理解してもらうなんて絶対的に無理な話だと思う。

         

        この記事の前の記事のタイトルじゃないが、あの野次議員の言葉(野次)は目的と行いと結果がメチャクチャな例だろう。

         

        ちなみに、三原議員の言う「タバコのケムリなどから受ける苦痛」というものは癌患者のみならず、他の多くの人も感じているものだ。このオレにしても気管支ぜんそくがあって職場に限らず、街のあちこち(生活空間)あらゆるところで被害を受けている。

         

        加害者はもちろん歩きタバコをする迷惑喫煙者。また、たとえそこが決められた喫煙所だからと言って、密閉もされていない街のオープンスペースで当然のようにスパスパやってケムリやニオイを放出している「一見ちゃんとした喫煙者」からも大いに害を被っている。

         

        そんなふうに言うと、例の野次議員のように「そこに近づかなければいい」とか「そこを歩かなければいい」などと言われる人もおられる。オレも言われたことがある。

         

        しかしそこが生活道路である以上、必要性もあり、また思いもかけずそこを通ってしまうことだってあり得るわけで、しかも癌患者にだって働く権利があるように、誰にでも道を歩く権利がある。絶対ない!と断言出来るのは「自分の趣味嗜好のために他人を犠牲にしてもいい」という権利だろう。

         

        知る由もないが、あの野次議員ももしかしたら喫煙者で、「自分がどこででも自由に喫煙したいから、それが気に入らないならそばに寄るな」派の人なのだろうか。仮にもしそうだとしたら、あんな明らかな間違った内容の野次を飛ばす愚かな行為も含めてそのような醜態を晒すとは、たしか御年71になられるそうだが、その年になるまでの人生、一体何を学習して来られたのだろう…と情けなくなる。

         

        「人生の終わりに来てそんなことをやっているのか? 今まで一体何を学んで生きて来たんだ?」…というのは、オレが前に、オレの目の前で歩きタバコをしていてその吸い殻を側溝の中に捨てたジイさんにした質問だが、オレは決して誰からもこんな質問をされないようにしたいと思って生きている。そして野次も飛ばさず、SNSもしないようにして生きて行きたい。

         

         

         

        JUGEMテーマ:気になったニュース

        | 思うこと | 02:35 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
        目的と行いと結果がムチャクチャ
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          大阪門真市の住宅街・通学路の自動車暴走事件。

           

          幸い大事故には至らず犯人たちは殺人未遂で捕まったが、当然あれは殺人行為、きびしく罰せられるべきだと思う。

           

          犯人は「小中学生が道路に広がって歩いているので懲らしめてやろうとしてやった」と話しているそうだが、その動画をネットにアップして遊んで喜んでいるとしか思えず「懲らしめる」という目的などまったく無縁の行為に見える。

           

          ところでオレはいつも危惧するのだが、この事件のニュースを見て聞いて世間の人々は一体どう思ったんだろう…。おそらくほとんどの人々は犯人に対する憤り、軽蔑、そして危険なめに合わされた言わば被害者の小中学生たちへの同情、そして死者やケガ人が出なかったことへの安堵感…と、まあそういったところだろうか。

           

          オレが期待したいのは、それ以外に被害者たちの「良くない行い」にぜひとも着目して欲しい…ということ。それは何か…? それは、犯人がご丁寧に指摘してくれている…みんなが道路に広がって歩いている…ということだ。

           

          これはホントによく見る光景だ。小中学生だけではない。大人にもそんなのはいっぱいいる。何人かでツルんでいる人々はよくやっている。一人ででも道の真ん中を歩いてる人がいる。たとえばスマホを見ながらとか。

           

          歩道など横一列で他人を通せんぼしながら歩いている。歩道があるのに車道を歩く人もいる。うしろから歩いていて追い越したくても気づいてくれず、正面から歩いて行ってもこちらが見えているはずなのに見ていない。だからぶつかる。

           

          タクシーやバスに乗っていてすぐ前を歩いている人(また自転車の人も)が、なかなか避けようとしないケースにもイヤと言うほど出くわす。

           

          そういうのはハネてもいいことにしようよ…とまではもちろん言わないが、ドライバーは怒りのクラクションくらい鳴らしたくなるのではないだろうか。まあそのドライバーが歩行者になった時同じことをしていたのではどうしようもないが…。

           

          とにかくそういった歩き方が迷惑極まりないことは間違いない。

           

          しかし犯人たちも、ホントのホントに道に広がって歩くのが迷惑でいけない行為だと思うのなら、もっとまともで誰もがうなずける行動でそれを提議すればいいのに。殺人行為などもってのほかだ。誰にも何も伝わらない。

           

          残念なことだけど、今回だってオレが書いたようなとても大切なことを事件から感じ取った人はとても少ないと思う。世の中の出来事は、良いことも悪いことも必ず何かをオレたちに教えてくれている。出来るだけ多くの人々にそれを感じて欲しい。考えるということをして欲しい。

           

          それをしないから事故やトラブルはなくならない。争いも絶えない。戦争も起こり得る。

           

          ものは考えよう…。世の中は、平和になる・しあわせになるチャンスで満ち溢れている。

           

           

           

          JUGEMテーマ:気になったニュース

          | 思うこと | 22:52 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
          そりゃあないぜ、京セラさん
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            京セラが2月にガラホケータイ「トルク」を出していた。

            オレは先月それを知って今モヤモヤした気分。

             

            そして最近テレビではそれの興ざめなCMをやっている。まあそこはどーでもいーんだけれども。

             

            スマホ嫌いのオレは、それまで長く使っていたカシオの「G’z Oneシリーズ」のケータイが故障して、発売後5年経ったらもう修理はしてくれないということで困りに困り、迷いに迷って、でもどーしても携帯電話は必要で、唯一 G’z One シリーズのスタイルを踏襲している京セラのスマホ「トルク」を去年の10月に買っている。その時点では今年に入ったらガラホケータイ「トルク」が発売されるなんて情報はなかった。予定があるんなら教えて欲しかったよ、京セラさん。

             

            仕方なく買ったスマホとの仲は今だにうまくいってなくて、無用なアプリ、いらない情報の多さ、使いづらさ、わけのわからなさに辟易しながらつき合っている。しょっちゅうなんかよくわからない機能のアップロードを求めて来る。一度決めたらそれを貫けばいーじゃないか、めんどいなあ…と思ってしまう。みんないちいちスマホのそんな要求にホイホイ従っているんだろーか。いるんだろーな、道歩いてても電車の中でもどこでもみんなスマホに向かって何かしてるから。スマホに操られているように見える。

             

            スマホのトルクにしてしまってから半年とちょっと。本体は何とか5万円台で買ったが、月々の支払いがケータイの時の2〜3倍になり、なんか納得が行かないまま来ている。今度のトルクはガラ系ではなくガラホだってことで、そうなるとシステムも変わって来るから月々の料金だってそれなりにかかって来るとは思うけど、今のスマホよりは高くならないだろうし、この際チェンジしてしまおーかって思ってる。

             

            でもまだ元取ってないよーな気もしてる。けどストレスなく携帯電話とつき合いたい。・・・やっぱ替えたほーが得策か…。

             

             

             

            JUGEMテーマ:日常

            | 思うこと | 12:55 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
            オレ、なんで子供嫌いなんだろ…?
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              また前記事の続きみたいなものになるが…

               

              オレは一体なんで子供が嫌いなんだろう…。考えてみた。

               

              前記事にも書いたように、その辺の子供たちにオレは何の恨みつらみもないワケで…。じゃあ何故か…。

               

              多分…

               

              当然子供たちは人生経験も浅く、世間をそれほどにはわかっていない。中には意外と洞察力・学習能力に優れ、あるいは本能的にいろんなことをわかっている子もいるとは言え、たいていはわかっていないなりの言動をし、時には迷惑をかけて大人の手を焼かせたり、困らせたり泣かせたりするものだろう。

               

              だからオレは子供のそういうところが嫌い…なのか…?

               

              いや、そうじゃない気がする。たしかに一般的な常識や物事の道理をまだ知らないが故に迷惑な思いをさせられることは多々ある。でもそんなことは「子供だから仕方がない」と多くの人が思うようにオレも思うのだ。同時にその子供の親…「アンタはもっとしっかりせい!!」と。

               

              オレの日常行動においてはそんな子供たちに遭遇することは、言ってみればそれほど多くはない。すれ違う大人たちのほうがはるかに多い。そしてやっぱり気づいてしまう…。

               

              子供以上にまわりに迷惑をかけている大人たちのなんと多いことか…と。

               

              そう、子供並みに世間を知らない、常識を知らない…と言うか、とにかく視野が狭くまわりを見ていない、頭を使って考えることをしない、学習しない…いや、「出来ない」大人たち…。

               

              その結果彼らはまわりに大いに迷惑をかけ、しかしその認識がないから謝りもしない。それを怒ったり注意したりしても通じないどころかすぐ逆ギレする。…そういう知能的・精神的に成長できていない、子供よりタチの悪い大人たち…。そう、思わず「ガキか、お前は!」と思ってしまう人々。そういう人たちはホントのガキたち(子供たち)に失礼だよね。

               

              もちろんそれは何らかの障害があったり、病気のためにそうなった人のことではなく、健常な大人の話だ。そういう人たちは障害者や病気の人たちに対しても失礼だね。

               

              それなりに人生経験を経て来て、出来るはずなのに何も学習してなくて、その結果子供と同じレベルではあまりに情けない。子供なら「子供だから仕方がない」と思えることでも大人はそうはいかない。そうなるともう子供以下だ。

               

              …となると、オレは大人が嫌いで、子供は好き…なのか…?

               

              まあよくわからなくなって来たが、まだ常識知らず世間知らずの子供を見ていると、オレはその子がそのまま大人になった状態を無意識に想像してしまっているのかも知れない。何しろちゃんと成長していない大人をいっぱい見ているから。そしてそういう大人たちを見ると、こいつらも…失礼…この者たちも昔は純真無垢な子供だったんだろうな…みたいなことを思う。さらに、こいつら…いや失礼…この者たち、成長過程のどの時点で間違いが起こっちゃったんだろうね…などとも。

               

              ということは、もしかしたらオレは子供が嫌いというよりも人間嫌いと言ったほうが合ってるのかも知れない。いやいや、それも子供嫌いと同じくらいあんまり望ましくないことだね。でも残念ながらそういうところはある気がする。

               

              つまりは、子供を見てるとその子が大人になった姿が浮かんで来てしまうってことかな。さらにその親がちゃんとしてないとますますそれが濃いものになってしまうのだ。お前さん、そのままだとまわりにいるろくでもない大人のような大人になっちゃうぞ…って思って、この先の世が恐ろしくなるし。

               

              逆に、子供嫌いとは言ってるものの、中にはオレと波長が合うとでも言うのか、何だか自分と対等に接することが出来るような子供ともわずかながら遭遇することもあり、そういう子を見ているとこのブログでも時々書いているように「そのままスクスク元気に育てよ」なんて思ったりする。その子の親の育て方がとってもいいのかも知れないし、その子自身の人間力でそうなったのかどうか、そこまではわからないけどね。

               


              オレがまたこういうことを書くと、たまたまこれを読まれた方の中には「お前は何様だ?!」的なことを思われるお方もござりましょうから、オレ様とてまだまだ不完全な、おそらく「完全」にはなり切れない、しかし発展途上の人間だと申しておきましょうか。そして「発展途上である」ということにちょっぴり誇りを持っている人間様だということも。

               

               

               

              JUGEMテーマ:日常

              | 思うこと | 22:51 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
              リーブ・ミー・アロ〜ン
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                前記事に続いて子供関連の話…。

                 

                ちょっと前、テレビのニュースでだったか、公園でよその子に鉄棒を教えているおじさんがいて、これは「アリ」か「ナシ」か…みたいなことを言っていた。

                 

                ホント、これって前の記事で書いた「一線を越える困った人」が多く出て来るようになってからはビミョーな問題になって来たねー。

                 

                そういう「イケナイ人」さえいなければ、とても平和で微笑ましい大人と子供の公園でのワンシーンなんだけど…、まァ、オレなどは出来るだけその辺の子供たちには関わらないほうが無難…と近寄らないようにしている。子供好きじゃないし。

                 

                ところが…だ、

                 

                なんでだか、知らない子供のほうからオレに関わって来るケースが時々ある。

                 

                歩いていると、向こうから一人でやって来る小さい子がすれ違いざまに「こんにちわ」ってあいさつするんだよ。ビクってしちゃうね、まったく。まわりを見ても他に誰もいないし、その子を見るとオレのほうをじーっと見てる。たしかにそれはオレに向けられたあいさつで、思わずこちらも「こんにちわ」ってあいさつを返すんだけど…。

                 

                この間なんか、ある公園のベンチに座って次の仕事までの時間調整をしていたら、ベンチのうしろからシクシク…と女の子の泣き声がしたんだよ。何事?!とチラッと振り向くと、小さい女の子がしゃがんで泣いている。

                 

                オイオイ、そんなところで泣くのはやめてくれよ。オレは泣かせた覚えなんかないゾ。「シッシッ」な気分…。でも気になって「どうした? 大丈夫か?」とそっちを見ずに小さく声をかけた。返事はなかった。しばらくしてその子はどっかへ行ったらしく、とりあえずホッとした。

                 

                そしてまもなく時間になって、そろそろ行くか…とオレが公園を出たところ、「あの…」とうしろから小さな声が…。見ると、さっき泣いてた女の子が近づいて来る。何、何? オレに何の用?…ってな思いでいると、「ティッシュ、持ってないですか?」ってその子。あ、ティッシュね…「あるよ」とバッグからポケットティッシュを取り出し、多分涙を拭くんだろうと「これ、全部使っていいから」と言って手渡した。

                 

                こんな程度は「アリ」でしょ? 向こうから来たんだし。ティッシュが必要…という、ある意味緊急事態なワケだし。

                 

                その子はティッシュを受け取ると「ありがとうございます」としっかりとお礼を言った。その時オレたちの横をその辺のおばちゃんが通り過ぎた。オレは女の子に「じゃあね」と言って振り返らずにそそくさと次の仕事先へと向かった。

                 

                そもそもオレは、子供たちには何の恨みつらみもないけど好きじゃない。頼むからオレに近寄らないで…って気分。

                 

                しかしまァ、それでも何らかの理由で寄って来るのはしよーがない。がんばってそれなりに応対しよう。とは言え、子供たちと接するのによけいな気を使わないといけないなんて、めんどくさい、ヤな世の中になったもんだねー。

                 

                 

                 

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                | 思うこと | 22:20 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
                一線越えちゃあ、おしまいよ
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                  ちょっと前のこと…。千葉・松戸で小さい女の子がさらわれ殺されるという痛ましい事件があった。

                   

                  犯人はあろうことかその女の子が通う小学校の保護者会の会長だったという。登校時の子供たちの見守りなどもよくやっていて、保護者会の会長なんておそらく誰もがやりたくないことを積極的にやっていたらしく、多分だけどその犯人はホントに子供が好きだったんだろうな、いろんな意味で。

                   

                  いろんな意味で…というのは、純粋に子供が好きという部分と、もしかしたらだが、性的嗜好の部分もあったのかも…ということ。

                   

                  人にはそれぞれいろんな趣味嗜好がある。アレが好き、コレが好き。ああいうこと、こういうことをするのがとても楽しい…自然なことだと思う。

                   

                  しかし、自分の趣味嗜好で他人に迷惑をかけちゃいけない。他人を傷つけたり苦しめたりしてはいけない。…あたりまえのことだと思う。

                   

                  他人を受動喫煙で苦しめる喫煙などはその代表的なものだと思う。

                   

                  たとえ世間的にタブーなことであっても想像・妄想の域であれば仕方ないということも言えるが、そういうことを現実化しようとすると無理がある。とんでもないことになる可能性がある。

                   

                  今度の悲劇はおそらくそのタブーを実行した結果の出来事なのでは…と勝手ながら思っている。何しろ犯人が黙秘しているらしいので…。

                   

                  家族があって子供がいる身としてはとても恥ずかしくて真相を言えないのかも知れないね。でも言わなきゃ。洗いざらい吐いて罪は償わなきゃ…ね。そのほうがラクになれるだろうね、きっと。


                  何が好きでも、どんな趣味嗜好を持っていたとしても、それはそれで仕方のないことかも知れない。人は様々だから。でも、一線は越えちゃあいけないね。越えた先に待っているのは決してハッピー天国じゃない。自分自身が苦しみ、誰もが悲しむ地獄のステージがそこにはあるのかも知れない。

                   

                  簡単に言えば、趣味はほどほどに…ってこと。

                   

                   

                   

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                  もったいない話
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                    やっぱり他人の思いってのはなかなか理解出来ないものがあるもんだねえ。

                     

                    お隣の国での話なんだけど、国のリーダー・国民の代表ともあるべき人があれだけよくないことをやってしまい、本来その地位にいる資格・資質がないことがわかってその職を追われるってだけなのに、そのまわりの大勢の人たちが弾劾賛成とか反対とか、死人まで出してどうしてそんなにエネルギーを使って暴れなきゃなんないんだろう…。

                     

                    たとえばだけど、その当人が自ら「私間違ってました。ごめんなさい。責任とって今の仕事辞めます。もちろん罰を受けます。その上でお詫びの意味を込めて人々のために働きます。たとえば街のゴミ拾いしたり、汚れたところを掃除したり、非常識なことや悪いことをしている人に注意をしたり…」とか何とかすれば、あんなに国民が大興奮して無駄に時間やエネルギーを使わなくてもすむんじゃないのかなあ…。

                     

                    多分そういう単純なことでも何故かみんなあえてややこしくして簡単にはいかないようになってしまってるんだろうねえ。おそらく何が単純で何が複雑なことなのかさえ、みんな考えるってことをしないから間違った方向に行ってしまっているってことなのかも知れないし…。

                     

                    オレなどはあのニュースを見て、死人まで出しながらその命や生きる時間を、パワーやエネルギーを捨てるなんて、なんてもったいないことをするんだろうと思ってしまうのだが…。

                     

                     

                     

                     せやけど…なんでカレーやねん?

                     

                     

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                    雪の思い出
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                      昨日今日あたり、リンクにある京都や滋賀の古き友人のブログには久しぶりの積雪の話題が綴られている。

                       

                      京都市内でさえ20cm、故郷滋賀の湖東で30から50cm積もったらしい。ここ横浜ではまだオレは今シーズンは雪を見ていない。でも毎年2回くらいか?積雪を見る事がある。春までには1回くらい雪が積もるのではないかと思うが…。

                       

                      天気予報などではよく「かなり寒い」的な言葉を聞くが、いや、もちろん寒いのだが、「そんなに言うほどか?」と思えなくもない。冬なんだから寒いのは当然だし、それは何も今年の冬に限った事ではない。

                       

                      思えば、昔京都にいた頃は、最近の冬のように雪が積もったという記憶がない。積もったかな? 忘れてるだけかも。それよりも少年時代、故郷滋賀にいた時のほうが雪には馴染み深い。滋賀の湖東地方もそこそこ雪は降るほうで1メートルくらい積もるのはザラだったような気がするのだが。

                       

                      そして、これはたしか前のブログ「狼は嘘をつかない」のほうにも以前書いたと思うんだけど、子供の頃田舎に住んでいて、前日は晴れていて何でもなかったのに、一夜明けると表は一面雪景色…なんて事がよくあったんだよ。そして雪ってね、「涔涔(しんしん)と降り積もる雪」って表現があるように、夜中に降ってる時、耳を澄ますと「しんしんしんしん…」って音がするんだよ。

                       

                      おまけに真夜中にそんな音を聞いて外に出てみたらびっくり! あたり一面真っ白でめっちゃ明るかったんだよ。雪明かりってヤツ。今思い返せば「幻想的」とも言える光景だった。それにまったくと言っていいほど寒さが感じられなかった。子供心に感動した記憶がある。思わずそのへんを新雪を踏みしめて走り回った。

                       

                      あと、小学校の時、授業中に雪が降り出して、やがて猛吹雪になり、教室の窓から見える校庭が完全にホワイトアウトし、隣の校舎も遊具もその向こうの景色も何も真っ白でまったく見えなくなった事もある。ただ窓のすぐ外側は、雪が上からだけではなく、横向けに飛んでいたり、下から上へ向かって上がって行ったりというのが見えて「すっげ〜〜!」とか思っていたのを思い出す。雪道の登下校も楽しかった。

                       

                      あの頃はスキーも持っていたし、自分でソリも作って地元の神社の坂道で友達と遊んでいたっけ。当然、雪だるまを作ったり雪合戦もした。作って数日後の雪だるまのかわいそうな姿も見た。(笑)

                       

                      それから、なんでそんな事を思いついたのか全然わからないけど、針金を持って山のほうへ行き、その針金で輪っかを作ってウサギをつかまえる罠を仕掛けたりもした。そのへんにウサギがいるなんて聞いた事も見た事もないのにね。子供っておもしろいね。

                       

                      子供の頃はそんなふうに雪も友達みたいなもんだったけど、大人になってからはどちらかって言うと「やっかいもの」という印象が強いかも。交通ダイヤは乱れるし、歩いての移動も大変。せっかく晴れてもそれまでの積雪が解けて道はドロビチョ状態だもんね。凍ってたら滑ってコケる人もいる。オレはほぼ大丈夫だけどね。

                       

                      だからね、今は出来れば降っても積もって欲しくないというのが正直な気持ち。その点では子供の心にはなかなか帰れないかもね。

                       

                       

                       

                      JUGEMテーマ:日常

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                      がんばれ!女子高生
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                        今日はテレビで女子高生を見ていた。

                         

                        いやいや、ちゃんと言えば女子高生のサッカー、全日本高校女子サッカー選手権の決勝の試合だ。東京の十文字高校 vs 大阪の大商学園、どちらも初の決勝戦、勝てば初優勝だ。

                         

                        結果としては、後半の中盤に十文字のキャプテンが放った見事なミドルシュートが、ゴール左上の隅っこに入っての一点が決勝点となって決着がついた。

                         

                        しかし高校レベルの女子サッカーもなかなかおもしろい。90分間、選手たちの運動量もほとんど落ちないし、みんな周りがよく見えていて攻守に有効な動きを見せていた。

                         

                        試合前の選手たちのニコニコ笑顔にはちょっと違和感を覚えはしたが、試合を見ているうちにそこはまあどうでもいいかって感じになり、この決勝戦を楽しんでいるのがわかり、こちらも楽しくなって来た。

                         

                        選手たちがサッカーにおいて「まわりをよく見る」のはとても大事なこと。そうすることによって自ずと次のアクションが決まり、その展開によって、それがより良いものであればより良い結果が生まれる。判断を間違えばそれなりのものになるのだが、

                         

                        いずれにしても「まわりをよく見る」ことをしなければ何も生まれない。選手として成長もしなければ未来もない。試合を見ていてオレはそういうふうに感じた。

                         

                        「まわりをよく見る」・・・あれ? なんか、そのことでちょっと感動した出来事が最近あったっけなあ…。と、思い出せば、このブログの前の記事のことだ。これも女子高生の話で、道に散乱した紙類を、このままではじゃまになって車の往来を妨げる…と、一人でせっせと拾い集め、大きなゴミ袋に3袋分回収したって話。

                         

                        そして彼女は警察から感謝状を贈られ、「今年はもっとまわりがよく見える一年にしたいです」と話したそうだ。

                         

                        こういうのってスポーツも日常も同じだよね。まわりを見ていないとちゃんと動けないどころかまわりの人に迷惑をかけてしまうことだってある。そしてその自分の責任を認識しない限り、選手としても一人の人間としても成立も成長もしない。

                         

                        今日見た試合のサッカーの女子選手たちも、前記事の女の子も女子高生だが、オレの知っている…と言うか見かける女子高生にはろくでもないのばっかりで、これがまったくまわりを見ていないのばかり。

                         

                        地元の駅から家に帰る途中、下校中の女子高生たちとよくすれ違う。彼女たちはたいてい複数で歩いている。その際、彼女らが一列になってくれればスムーズにすれ違えるのだが、たとえ二列のままでもどうにかすれ違えるように狭い歩道のめいっぱい端っこをこちらが歩いてもまったく見てやしない。二列のまま、時には三列で、あるいはたとえ一人ででも平気でぶつかって来る。

                         

                        避けるにしてもギリギリまで動かず結局体をこすって行く。カバンだけをぶつけて行く。わざとやってるわけじゃないのだろうが、結局は見ていないのだろう。お互いスムーズにすれ違うためにこちらがどう動いているのかをね。それをちゃんと見て、そして常識があれば早い段階でサッと一列になるなり二列でも体が当たらないように気をつけたり出来るはずなのだが。

                         

                        こちらが普通に歩いている時に体の横にある腕を、さらに幅を小さくするために前にやったそのヒジにガツンとぶつかって来て「痛い!」って言った子もいるが、まったく情けない。ふつうに見ていればそんな痛い思いはせずに済む。むしろこっちのヒジの方が痛いよね。心も痛いし。ヒジに当たらなかったらしっかりこっちの腕か肩か胸にぶつかっていただろうし。

                         

                        まあ、そんな女子高生ばっかり見てるので他の女子高生に対する印象もあんまりよくないのだけれど、今日のサッカーの試合や前記事の新聞に載った女子高生のような存在を知ると、そういったたった一面ではあるが、ちょっとさわやかな気分になるね。

                         

                        とにかく女子高生は、これから大人になって結婚して子供を産んで母になり、そして子供を育てて行くわけだから、今のままではダメな子は、今からちゃんとまわりを見て適切な行動が出来る人になって欲しい。その上でいい子を育てて欲しい。

                         

                        多分、子は親を見るし、親に似るんじゃないだろうか。何しろ、まわりを見ていないのは大人にだっていっぱいいるし、そういう大人に育てられてるんだから子供がそうなるのもうなずけるのだが。でもそれではいけない。

                         

                        がんばれ!女子高生。君たちは世の中を良い方向に変えられるんだよ。男子もね。

                         

                        女子サッカーからそんなことを思ってしまった今日でした。

                         

                         

                         

                         

                         

                        JUGEMテーマ:スポーツ

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                        つぶやきはあくまでつぶやきであって、それがたとえつぶやいた本人の本心であっても、「あー、腹減ったなー」程度のレベルのもので、他人を巻き込んだり、何か重要なことを決定するものでもなければ、真剣に受け取らなければいけないものでもない。だが時につぶやきは、そのつぶやき方によっては、それを聞いた者にとてつもない不快感や災いを与えたり、傷つけたりすることがある。ともすれば、人を死なせてしまうことさえも…。つぶやきはわざわざ他人に聞かせるものではない。一人でボソリと口にすればいいものだと思う。20170201
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